2016.02.26
薄れさせてはいけない。あの時に感じたことが本物である――被災地を歩き、多面的に震災を捉えた唯一無二のリポート。文庫新収録のエッセイを付す。
五年後の今になって考えてみれば、我々はみな「災害ユートピア」の中にいたのかもしれない。あまりの惨事を前にして人はお互いに手を貸さざるを得なかった。強欲とエゴイズムは影を潜めたかのように見えた。この精神でやっていけばもっとよい社会が生まれるかもしれないと考えた。
(中略)
我々はナイーブだったのだろうか。
資本と権力の論理が届かないところで未来の夢を見ていただけだったのか。エネルギーについて言えば日本は最悪の道を選択した。電力会社の利が最も尊重され、再生エネルギーの普及は抑圧された。(中略)自民党は小選挙区制のマジックによってわずか二十四パーセントの得票率で独裁を敷いている。憲法とは国家の横暴から国民を守るためのもの、という近代政治学の基礎さえ知らない面々が議席に座っている。
だから、五年後の「あとがき」はどうしても苦いものになる。あの災害を機に社会を変える試みにおいて、市民の民主主義と資本の独裁主義が戦った。そして今の段階では我々は負けていると言わざるを得ない。
(「文庫版のためのあとがき」より)
春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと(文庫版) 池澤夏樹著
鷲尾和彦・写真 中央公論新社刊 定価680円+税